新潟大学人文学部

『淮南子』の宇宙観
―構造・生成・根拠を中心にして―

大野 裕希(新潟大学人文学部)

本論文は、『淮南子』における宇宙観をその構造・生成・根拠を中心にして考察したものである。『淮南子』は前漢の武帝の時代、淮南王劉安のもとに集められた多数の食客たちの手によって編纂された書物である。三十三篇から成っているが、雑家の書に分類されているように非常に雑駁多様な性格を帯びている。その一方で、「道」の思想、つまり老荘の思想を拠り所として、多くの学派の思想を思想的に統一して把握しようとしている。第一章では、『淮南子』が編纂された漢代において普及していた、蓋天説と渾天説という二つの代表的な構造論を論じたうえで、『淮南子』の宇宙構造論を考察した。考察の結果、『淮南子』においては、蓋天説を採用していることが明らかになった。また、『淮南子』における天地の構造を具体的に捉えようとした結果、『淮南子』では天地の構造を「気」によって説明しているということが判明した。第二章では『淮南子』の宇宙生成論を考察した。『淮南子』の生成論は一般に『老子』の生成論を受け継いでいると言われている。よって、『老子』の「無」からの生成論と「道」からの生成論を比較対象とすることにした。その結果、『淮南子』の生成論は、『老子』の「無」、または「道」からの生成論を受け継ぎ、影響を受けながら、より具体的に「気」の概念によってその老子的な生成の状態を説明しているという結論を得ることができた。第三章では、宇宙を生成させる根源を宇宙・全存在の根拠として、仮に「宇宙根拠論」と名付け、『淮南子』における生成の根源や存在の根拠について考察した。『淮南子』の生成論が『老子』の生成論を受け継いでいること、『淮南子』の「道」が、『老子』と『荘子』の「道」を統一したものとされていることから、『老子』と『荘子』を比較対象とし、『淮南子』の「無」や「道」の概念を考察した。その結果、『淮南子』では、万物の根源でありながら存在を貫く理法としての「道」と『老子』的な生成の本源である「無」が宇宙の根拠となっているということが判明したのである。第四章では、『淮南子』と並んで中国古代神話の貴重な資料とされている『山海経』や『楚辞』などの記事と比較しながら考察を進めた。『淮南子』にみられる神話的要素は実に多彩であるが、そのなかから宇宙観が見られる箇所を挙げ、考察対象にした。『淮南子』中の神話的要素の含まれる箇所からは、宇宙の構造について多く読み取ることができた。その構造は蓋天説であることも確認した。また、天文訓の天地開闢の話と『楚辞』天問の記述を比較した結果、この箇所の宇宙の生成や根拠は、『老子』的でも『荘子』的でもなく、楚の古い文化の影響を色濃く受け継いだものではないかと推測した。

『淮南子』は、諸子百家個別の主張を「道」という概念の下に集めて体系的・律動的な世界を構築している。この「道」は『老子』と『荘子』の「道」を統一したものである。『淮南子』は古い伝統をいかしつつも、それらを折衷して新しい時代の要請にこたえようとしたのである。天円地方にもとづく蓋天説の宇宙構造論と『老子』の「無」、『老子』と『荘子』の「道」概念を統一した新しい「道」に根拠を求める宇宙生成論とが『淮南子』において「気」によって結び付けられ、ここに至って古代中国の宇宙論の骨格が完成することになったのである。『淮南子』は、それまでの宇宙論に統一の場を与え、新しい宇宙観をつくりあげることに成功したということができる。


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