新潟大学人文学部

『老子』の政治思想
―「自然」概念に基づく統治―

関谷 賢治(新潟大学人文学部)

本論は、『老子』の思想が天下統一を視野に入れたものであるという前提のもと、『老子』における「自然」概念を「道」の中核と位置づけ、その性質を明らかにした上で、「道」を体得した統治者がなすべき治国方策とはどのようであったかについて考察し、その具体的な統治についての仮想を行ったものである。なお本論では、統一国家の出現を目前に控えた戦国末期に時代を絞り、テキストとしては馬王堆帛書『老子』甲本を用いることとした。

「道」の「自然」とは、「無」であり根源である「道」の側から万物の側に向けて一方的に付与されるだけの概念ではなく、「有」である万物の側から自律的に発動すべきものでもあった。「道」は万物の自律性を尊重し、権威あるものとして承認する。『老子』の根幹をなす思想とは、「道」と万物との間の双方向的な関係に立脚し、万物の「自然」を発揮させんとするものなのである。

そして「道」を捉えた政治思想とは、“無為”に徹した自由放任の支配を行うものではなく、また統治者による厳格な専制支配を行うものでもない。それは、“無為”の体を取って民の「自然」すなわち自律性を発動させるという、統治者による緩やかな目的意識的支配を行うものであり、統治者と民との相互の緊密な信頼関係を基盤として完成する治国方策であったといえる。統治者は、経済・法律・軍事等あらゆる場面において民の「自然」さ、つまり自立性・活力・生産力を最重視し、これを政治の基盤に据えて国力を増強、天下統一へと漸進していくのである。

「道」に基づく政治の最終的な目的は、統治階級と民との双方が常に安定して「自然」を発揮することのできる、「道」の理想の現出、すなわち、智恵や富という観念の生じない、少ない資源で最大限の満足を得ることができる社会の実現にある。統治者は天下を統一してしかる後に、この理想社会を実現することができるのである。


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