新潟大学人文学部

趙樹理最初期の作品研究

村山 敦子(新潟大学人文学部)

趙樹理(1906-70年)は、人民文学の先駆となる作品を書いた農民出身の作家である。デビュー作「小二黒結婚」は、抗日根拠地で大きな反響を呼び、「文芸講話」路線の実践として絶賛された。従来趙樹理の文学に関する研究は、「小二黒結婚」以降の作品を対象として進められてきており、「小二黒結婚」以前の最初期作品を扱った研究は多くない。それというのも、最初期の作品群の多くは、1980年出版の『趙樹理文集』や1986年から8年かけて編集・出版された『趙樹理全集』によって、初めて明らかにされたからである。「小二黒結婚」以前の最初期作品を扱った論文も一部の作品を取り上げるにとどまっており、最初期作品全体を取り上げたものは見られない。そこで本稿では、『趙樹理全集』に掲載された最初期の小説作品全体を通して、「小二黒結婚」に代表される通俗的な作品がどのように形成されていったのかを考察した。

第1章では、「小二黒結婚」出版までに、趙樹理がどのように政治や文学と触れてきたか、その中で農民のための文学という概念がどのように形成されていったかを述べた。

第2章では、「小二黒結婚」以前の最初期作品の中で代表的なもののあらすじを紹介するとともに、作品の特徴やそれらが書かれた背景を紹介し、第3章での考察の助けとした。

第3章では、「小二黒結婚」を趙樹理の通俗小説の完成形の1つと見なし、この作品に見られる「通俗化」が、初期作品の中でどのように形成されていったのかを考察した。第1節では趙樹理の目指した「通俗化」を、ただ分かりやすいだけでなく、読者である大衆を向上させるものであると定義し、「小二黒結婚」の通俗小説としての特徴を、言語とテーマの面からのべた。第2節・第3節では最初期作品群における趙樹理の通俗化の試みを「物語性」・「寓話性」の観点から考察した。趙樹理が民間文芸の伝統から取り入れた「物語性」は、不十分な点もあるものの最初期作品群の中で完成に近いものが次第に増えており、この方向性が趙樹理の中でしだいに固まりつつあったのだと考えられた。物語の内容に関わる風刺や教訓、象徴的な人物といった「寓話性」は、最初期作品群にも多く見られ、あだ名やユーモアを含んだ風刺・教訓という形で後の趙樹理作品に結実したと結論付けた。

本稿では、趙樹理が「小二黒結婚」に代表される通俗小説を生み出すまでの過程を、それ以前の初期作品を通じて述べてきた。趙樹理はデビュー当時から高い評価を受け、農民のための作品を書き続けていた。しかし、これらの作品は初めから完成されていたのではなかった。趙樹理をとりまく環境と趙樹理の農民への思い、「通俗化」の試みの積み重ねの中で形成されてきたのであった。


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