新潟大学人文学部

凌叔華が描いた年頃の少女たち
―中国女性の現実を発信する―

内山 佳子(新潟大学人文学部)

卒業論文では凌叔華(1900-90)が書いた小説のうち、年頃(結婚前)の少女が主人公の6作品を主な研究対象とし、年頃の少女たちに込められた作者の主張と、凌叔華という作家の特質を明らかにすることを目的とした。

第一章では凌叔華の経歴を紹介、小説50作を年代順に整理し、筆者による題材の分類、A(幼児・児童)、B(年頃・結婚前の少女)、C(若夫婦)、D(夫人)、E(社会情勢・世相)、F(その他)を用いてまとめた。以降年頃の少女たちを題材とした小説を便宜的に「B群作品」とする。「女児身世太凄凉」(1924年)、「繍枕」(1925年)、「喫茶」(1925年)、「茶会以後」(1925年)、「等」(1926年)、「説有這麼一回事」(1926年)の6作が該当する。

第二章ではB群作品について考察した。B群作品中に登場する少女たちに共通すると考えた「夢から覚める」というキーワードを軸として、少女たちの心の動きを細かく分析した。また少女たちの夢には、親の思惑と、女性の受け身的態度が大きな影響を及ぼしていることを示した上で、作者自身は封建的家庭や風習を嫌っていたにも関わらず、なぜ理想でなく否定すべき世界をありのままに描いたのかという疑問を提起した。

第三章ではその疑問への1つの答えとして、雑誌への投稿文や手紙を取り上げ、凌叔華は中国女子の思想や生活を知らしめようとしたこと、それを目的としたからこそ、自らが生まれ育った上流階級の家庭の日常を題材にすることで、真実に近い中国女子の様子を伝えようとしたのだと考察した。B群作品で扱われる、結婚を控えた年頃の少女の日常に起こる些細な出来事は、人生に関わる問題をはらんでおり、また女性の弱い立場が最も顕著に現れる。だからこそ年頃の少女という題材を用いたことには意義があるのだ。少女たちの多くが上流家庭の人間であったことは、労働者階級において経済的な理由だとすり替えられがちな女性の問題を、確かに存在するものとして認識させる重要な要素である。

第四章では、凌叔華が特に好んだキャサリン・マンスフィールド(1888-1923)とアントン・チェーホフ(1860-1904)からの、作風や構成に対する影響に言及した。また「女児」でエピソードを詰め込みがちだったのが、「繍枕」以降はその後ひとつのエピソードをより詳しく描くようになったことを論拠とし、凌叔華がマンスフィールドの小説を読み始めたのは文科に所属した燕京大学時代ではなく、陳源と出会ってからではないかという仮説を提示した。凌叔華は海外作家の作風を真似たために、人物の心の動きを追うことで逆に人物を取り囲む問題を露わにすることに成功したといえる。

最後に、過渡期の中国において年頃の少女を描いた凌叔華、そしてその小説は、これまで翻弄されしかも簡単には変わらない女性の現実を表し、それに対する疑問を投げかけた、意義深く価値あるものであると結論付けた。


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