新潟大学人文学部

賈平凹「鶏窩窪的人家」研究
―映画『野山』と比較して―

加藤 奈津子(新潟大学人文学部)

農村出身の作家・賈平凹の作品は、多くが舞台を自分の故郷である陝西省においており、彼の作品は「尋根(ルーツ探し)文学」と位置づけられる。「鶏窩窪的人家」は、1984年第二期の『十月』に掲載された中編小説である。禾禾・麦絨と回回・烟峰の二組の夫婦が暮らしていたが、新しいことを積極的に取り入れる改革的な禾禾・烟峰と、古くからの生活を守る保守的な回回・麦絨とで対立し、それぞれ夫・妻を入れ替える話である。1985年には顔学恕監督により『野山』という題で映画化された。本論文では、小説・映画のポイントとなる部分に注目し、この作品を通して賈平凹が伝えたいことを探った。

第二章では、まず映画化の背景を説明した。監督は「鶏窩窪的人家」を読んで、賈平凹が描く農村のいきいきとした表現、身近な日常生活からの視点、シンプルな文章を絶賛した。小説の特徴を活かし、映画の演出においても自然、真実に出来るだけ近づける努力をしている。

そして、小説と映画とで変えられたところを中心に取り上げ分析した。小説にはなかった場面の追加によって、小説では明るみに出ていなかった登場人物の心情が強調された。また、映画でのラストシーンは小説と違って人間関係を丸く収めておらず、より観客に考えさせるような終わり方に変化している。また、それらを踏まえて主要な登場人物5人の人物像についてまとめた。特に印象的なのが2人の女性である。烟峰は強さや新しい時代を生きる積極性の中に、繊細な女らしさを秘めた魅力的な女性である。麦絨は特に二面性が強く、女性らしい優しい心配りを見せながら、自分から結婚を切り出す等強い面も持っていることがわかった。

「鶏窩窪的人家」は映画化されて、主な登場人物の性格や考え方を強調、または弱化した。対比がはっきりして、観客にわかりやすく人物間の関係を伝えたといえる。そして、場面の追加等によって、登場人物の緩やかな心の動きを的確に表現した。このため、「夫婦交換」という珍しい題材でも、二組の夫婦の離婚・結婚が自然に描かれており、観客に不自然な印象は与えない。しかし、主要な人物の性格や主題等が大きく変化したわけではない。小説の魅力をそのまま観客に伝え、そして「鶏窩窪的人家」への理解を深めたといえるだろう。

烟峰と麦絨は対照的に描かれているが、どちらも強さを持っている。二人とも周囲に振り回されず、自分の信じた道を突き進む性格である。また、彼女たちの強さは周りへもいい影響を与え、当時の農村を変えていく原動力となったと思われる。この農村女性の力強さに、賈平凹の考える「ルーツ探し」があるのではないかと考えられる。彼は「ルーツ探し」を作品の根底に置き、「『ルーツ探し』は一種の復古や後退ではなく、自立し自分を強くするために必要なものである。」とした。故郷の農村を書いて後進性を突きつけ、しかし決してその後進性が劣っていると考えるのではなく、それによって対する「先進性」を覆す思想を持つ。賈平凹は、奇抜な題材を通じ、変革の波を受けている農村に生きる強い女性像を伝えた。そして、既成の道徳観念を覆すと同時に、彼が生きた農村の力強さを知らしめることに成功したといえる。

2010.2.20


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