新潟大学人文学部

中国紅十字会の成立と変遷
―清末から1923年の活動を中心に―

佐島 小乃実(新潟大学人文学部)

伝統中国社会において、慈善事業は「善会」などの民間団体によって担われていた。しかし近代以降の国際情勢の複雑化に伴い、既存の民間団体では対応しきれない問題に直面することになった。このような時期に慈善事業に取り組んだ団体として、「中国紅十字会」がある。「紅十字」とは、戦時における負傷者や捕虜の保護を目的として1859年にスイスで創設された国際協力機関「赤十字」の中国語訳である。

本論文では、中国紅十字会総会編『中国紅十字会資料選編1904-1949』(1993)を主な史料とし、中国紅十字会が成立した清末から1923年までの組織と活動の変遷を詳細に考察することにより、各時期における中国紅十字会の実像とその意義を明らかにすることを課題とした。

第一章では、まず中国紅十字会の前身として中外合作方式で清末に成立した「上海万国紅十字会」の成立背景と組織形態を考察した。さらに日露戦争期の同会の活動、及び西洋人宣教師を中心に組織された東北部各地の分会が行った救済活動の実態の解明を試みた。また、上海万国紅十字会の活動停止後、官僚らの働きかけによって試行された「中国紅十字会」と、上海において民間で設立された「万国董事会」の対立関係を分析することにより、辛亥革命期における両会の活動の特徴を明らかにできた。

第二章では、正式の統一団体として1912年に成立した「中国紅十字会」について、その成立時期から1921年までの組織の形態と活動の変遷をたどった。まず、1912年に公布された章程について考察し、また中国紅十字会の中核的な職務を担う常議会議員の出身地、経歴、年齢などを分析・整理した。さらに、1920年の改組後の常議員の構成と、1921年までの中国紅十字会の会長及び副会長の変遷を整理した。会の活動については、中国各地で発生した天災や人災時の救済活動を取り上げ、義捐金の額や物資の内容などを中心に、紅十字会の活動の実態を究明した。国外における救済活動としては、ロシア革命前後における極東での中国人とロシア人に対する救護活動を取り上げて考察した。

第三章では、1922年から1923年の組織と活動について考察した。具体的には、新たに制定された15章71条からなる1922年の章程を考察し、あわせて同年に選出された常議員の構成を分析した。また、中国国内における天災や人災時の救済活動の分析によって、救済活動の主体が中国紅十字会から各地の分会へ移ったことや、分会同士の連携が進んだことなどを示した。国外における活動については、関東大震災を取り上げ、東京及び横浜に派遣された救護隊の救護・慰問活動、被災した華僑が上海へ帰国した際に行われた中国国内での医療活動、また各地の分会の支援活動について、それぞれの実態を明らかにした。

以上により、中国紅十字会は、組織内では時として対立しながらも、中国全土、さらには世界規模で救済活動を行った慈善団体であることが明らかとなった。従来は各種団体によって限定された地域の中で行われていた慈善事業が、中国紅十字会の設立によって新たな性格を獲得したと考えられる。

2011.2.17


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