新潟大学人文学部

"来着"について
―意味・用法の広がり

安中 惠子(新潟大学人文学部)

現代中国語において、「回想」の概念は"来着"という語気助詞により表現される。"来着"は学習上の重要語でありながら、なかなか使いこなせない表現の一つである。筆者も北方でよく使われる語彙であるという大まかな認識は持ちながら、辞書類を参照しても一般的な説明に留まり、どのような場面で使われ、どのような意味の広がりを持つのか、といった事がらは漠然としたままである。そこで、本稿において"来着"用法についての整理を試みた。

第2章では先行研究についてまとめた。"来着"は「回想」のために用いられ、「話し言葉に多く用いられる」ことから、"来着"の使用において、どのような文脈で用いられているかが重要であると考えられる。そこで、意味及び形式に加えて、文脈という観点からも考察を行う。"来着"が使われる文脈は、情報伝達という視点から分析が可能であると考える。そこで、"来着"に前置される命題について、話者が内容を把握しているか否かという視点により、“来着”の用法分類を試みる。“来着”の用いられる文脈を話し手、聞き手の命題に対する把握の情況と陳述文・疑問文の文のタイプから分類したものを表にまとめた。文のタイプは①〜⑧の八つとなり、用例を調査したところ"来着"は②、③、⑥の用法で専ら用いられていることが確認された。そこで、本稿では便宜的に②、③、⑥をそれぞれⅠ、Ⅱ、Ⅲとする。

第3章ではⅠ、Ⅱ、Ⅲの用法について具体的にどのような場面、形式で使われているのか、その特徴を確認した。Ⅰ、Ⅱ、Ⅲとは、次のような場面における発話である。 Ⅰ:命題について、話し手も聞き手も知っており、それを疑問文の形式で問いかけるもの Ⅱ:命題について、聞き手は知らない状況であり、それを話し手が陳述文の形式で伝えるもの Ⅲ:命題について、話し手は知らないまたはすぐに思い出せない状況であり、それを疑問文の形式で聞き手に問いかけるもの

第4章では"来着"を用いた情報伝達の枠組みが、通時的にどのような出現傾向を経て、現在の用法となってきたかを考察した。調査にあたっては、『白水社中国辞典』にもある通り"来着"が「北方方言区の話し言葉」に使われることから、北方言語を反映しているとされている歴代の文学作品:『紅楼夢』、『児女英雄伝』、老舎作品、王朔作品、に見られる用例を時代順に考察した。

以上、本稿ではまず“来着”について、多様な先行研究の分類を整理した。次に工具書、参考書、異なる時代の作品、『紅楼夢』、『児女英雄伝』、老舎作品、王朔作品から"来着"の用例を集め、それぞれ細かく分類した。

先行研究との違いは、"来着"に前置される命題について、話者が把握しているか否かという視点から分析したことである。これにより、“来着”の出現情況および意味・用法の広がり、"来着"がどのような場面で使われるか、整理をすることが出来た。それによって、時代が下るにしたがって、その適用範囲が変化してきたことを明らかにした。

2012.3.3


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