新潟大学人文学部

崔仁浩の初期短編小説研究

柳 千晶(新潟大学人文学部)

崔仁浩は、1970年代から現在に至るまで幅広い執筆活動を続けている作家である。本稿では、崔仁浩の1970年代の作品を初期作品とし、作者が作品を通し読者に何を伝えたかったのかを考察した。扱った作品は七編である。第一章第一節では、子どもを主人公にした「酒飲み」(1970年)「模範童話」(1970年)「処世術概論」(1971年)を、第一章第二節では、マンションを舞台にした「他人の部屋」(1971年)「アリの塔」(1971年)を考察した。第二章では暴力を描いた作品として第一節で「未開人」(1971年)を、第二節では「恐ろしい複数」(1972年)を考察した。

第一章第一節で取り上げた三作品には全て、子どもらしくない子どもが主人公として登場した。「酒飲み」の少年は、いなくなった父親を探していると嘘をつきながら居酒屋をまわり、人生に絶望した酔っ払いたちと一緒に酒を飲む。「模範童話」では、主人公である転校生の少年が、子ども相手に商売をしているカンさんの子供騙しを見破り自殺に追いやった。「処世術概論」の主人公ジョンアは、財産相続を狙う両親によって老おばあさんの家に送り込まれ、そこで自分の子どもらしくない本当の姿に気づいた。子どもたちは、子どもが子どもらしく生きられず、大人も子どもも人生に絶望したり、嘘をついて生きていくしかない世界を読者に見せてくれている。

第一章第二節の「他人の部屋」と「アリの塔」には、仕事に疲れ、親密な人間関係がない男や、人々の欲望をかき立てることに追われて生きるような男が登場した。これらの作品は、人間らしさを失った現代人に警鐘を鳴らす作品であると考えた。

第二章第一節で取り上げた「未開人」では、世の中には暴力や破壊について三種類の人間が存在することが描かれていた。この作品は、主人公の教師「私」が、「パク」という男を代表とした村の人々の暴力から、学校に通う陰性ハンセン病患者の子どもたちを守るという話だ。主人公の「私」、「私」の同僚である「チョン先生」、「パク」がそれぞれ、暴力に立ち向かう人間、暴力を見て見ぬふりをする人間、破壊する人間として描かれていることがわかった。またこの作品では、明確な目的がなく、本能的な敵対感情から生まれる暴力が描かれていた。

一方、第二章第二節の「恐ろしい複数」で描かれた暴力は三種類ある。この作品は、学生デモが頻発する1971年の韓国の学生街が舞台となっている。主人公で、デモを傍観するだけのジュノと、学生デモの主導者オ・マンジュンの交流を通し、他人に巻き込まれる暴力、互いを憐れに思いながら与える暴力、そして、一度人々に祭り上げられた後で、そこから降りようとする人に冷たく接する暴力が描かれていた。

崔仁浩の作品に登場する主人公の多くは、希望を持っておらず、悪や嘘や暴力、憤怒、疲労などの負の条件を持っていることがわかった。

2012.3.5


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