新潟大学人文学部卒論(アジア文化履修コース)

『清平山堂話本』の「西湖三塔記」と「洛陽三怪記」の比較研究

林 千浩(新潟大学人文学部)

『清平山堂話本』は明代の洪楩によって編纂された、もっとも古いといわれる話本集である。そのなかに収録されている「西湖三塔記」、「洛陽三怪記」は簡単に述べると、どちらも主人公が美女に化けた妖怪らにつきまとわれ、少女の助けによって逃げ出し、道士がそれらを退治するという話で、大筋が似ている。その成立については諸説あり本論文ではこの2作品を取り上げ、その先後を検証することを目的とした。

第1章では『清平山堂話本』の概略と二作品のあらすじ、先行研究について述べた。

第2章ではそれぞれの構成と人物を取上げて比較、分析した。話の作り方については、「洛陽三怪記」は話の筋が単純明快で分かりやすく、書き方の技法がより凝ったものであることを指摘した。また同時に人と妖怪との境界についても言及した。「西湖三塔記」の妖怪たちは、主人公の肝を取ろうとする場面で人らしさを繕おうとしないなど、作者が人と妖怪の区別をはっきりとしていない。「洛陽三怪記」にも似た場面があるが、こちらは「西湖三塔記」とは異なり、妖怪の側に人の世のルールを理解させているなど、作者が人と妖怪をはっきりと区別している。また作品中の恐怖の性質に関しても述べた。「西湖三塔記」には妖怪たちによって直接危害を加えられるという、目に見える明確な恐怖があるが、「洛陽三怪記」では何が起こるかわからない、内から湧き上がる恐怖を描いているのだ。

第3章では前章で比較し、挙げたそれぞれの内容の特徴をもとに、話そのものからこの二作品の先後を検討した。「洛陽三怪記」は「西湖三塔記」よりも話がわかりやすいという点や進め方が凝っているという点については、「洛陽三怪記」が「西湖三塔記」から派生してより洗練されていったからだとした。書き方の面でもう一点、各作品の恐怖の性質も取り上げたが、「西湖三塔記」は明確な恐怖、「洛陽三怪記」は静的で、不安のように内から湧き起こる恐怖を描いているが、「洛陽三怪記」にも明確な恐怖が見て取れることから、「西湖三塔記」の書き方をもとに一歩踏み出して、質の異なる恐怖を作り上げたからだろうとした。また人と妖怪との線引きについては、「西湖三塔記」は人の世界と妖怪の世界の区別がなく、「洛陽三怪記」は人と妖怪にはっきりとした線引きがなされている。「洛陽三怪記」において肝を食べるなど人にとって良くないと思われることを妖怪の側にも意識させていることから、人と妖怪との区別というのは、倫理観や道徳観の発展に伴って生まれたものだとし、ここからも「西湖三塔記」の方が古いものだと述べた。

「西湖三塔記」の語り口調が明らかに南宋よりも後のものであるという指摘もあるが、これについては後になって手を加えられたという可能性もあり、その成立を南宋であると断ずることはできない。しかし少なくとも二作品の先後は、内容を見る限りでは「洛陽三怪記」の方が後に作られたものであると結論付けた。

2013.2.12


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