新潟大学人文学部卒論(アジア文化履修コース)

張愛玲小説「花凋」研究
―希望と絶望の連鎖に翻弄される女性たち―

丸山 紗輝(新潟大学人文学部)

張愛玲(1920〜1995)は、上海、香港、アメリカと拠点を変えながら、生涯を通して創作活動に従事した女性作家である。主に男女の恋愛を描き出す作風を得意とし、時代や人間の欲望に翻弄されながらも生きる中流階級の庶民や上流階級から没落した家庭を描き出すことが特徴的である。本稿では張愛玲が執筆した小説のうち、「花凋」(1944年)を中心とした小説4篇と散文を、張愛玲小説の特徴である色彩表現と小説技法というそれぞれ異なる側面から考察し、彼女が描く女性像の実態に迫った。それによって小説中の女性人物たちに込められた張愛玲の主張を導き出し、張愛玲小説の中で描かれる女性の立場と「花凋」の悲劇性の根源を明らかにすることを目的とした。

第一章では張愛玲の略歴、主要前期小説、張愛玲文学の特徴をまとめた。

第二章では本稿で取り上げる小説4篇のあらすじ、本稿のテキストとして扱う小説集『伝奇』についてまとめた。

第三章では、小説「花凋」の中で最も多用されている色彩として「白」に注目し、張愛玲が「白」に仮託している性質として四つの特徴を導き出した。それらの特徴から、張愛玲の描く女性の悲劇性の根源を、受け継がれる結婚観による負の連鎖の影響だと考察した。

父親に逆らえずに耐え忍ぶ母親の姿を見ながら娘は育ち、そのためよき結婚こそ女性が幸せになれる唯一の手段と見なした彼女たちは、結婚に活路を見出す。だが次の居場所に希望を求める娘たちも、結婚後は結局自分の母親のような立場となって、新たな娘を育てていくことになる。張愛玲はこのような長い歴史の中で形成された女性の持つ負の連鎖を暴きだし、「白」の比喩表現によって女性の悲痛な心情を導き出しているのだと分析した。

第四章では、張愛玲小説の特徴の一つとして注目した「不規則な対照」手法を分析し、張愛玲小説には「真」「好」で構成される価値体系が存在し、登場人物らがその価値体系に従って行動していることを証明した。

このように張愛玲小説には、女性の持つ負の連鎖の構造が示され、そこに身を投じる他ない不条理な境遇を持つ女性たちの姿があった。そこには家庭という舞台の中で悲劇のヒロインを演じようとする者や、婚姻取引という場の商品となって表面上の付加価値を磨く者が特徴的に描かれていた。それらの女性たちは、自分たちが他者から品定めされる観賞対象であることを自覚し、負の連鎖の中に身を投じることを望む傾向がある。張愛玲は簡単には変わりようのないこのような女性の実態を示し、現代の女性に対して警鐘を鳴らしているのだと考察した。また、筆者が「花凋」に感じた悲劇性の根源は、女性の受け継がれる結婚観による逃れようのない負の連鎖に起因していると結論付けた。張愛玲小説「花凋」は主人公の短い人生の更に一部分を切り取って構成された短編小説であるが、張愛玲が女性人物に託した主張や人間の本性が凝縮されている、評価すべき小説の一つだといえよう。

2013.2.12


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