新潟大学人文学部卒論(アジア文化履修コース)

許蘭雪軒研究

小栗 未来(新潟大学人文学部)

朝鮮王朝時代、儒教を重んじる社会の中では、女性は学問をすることはおろか、字を習うことも好まれなかったが、後世に名を遺す女流詩人が生まれた。その中のひとりが、27歳という若さでこの世を去った許蘭雪軒(ホナン・ソロン;1563〜89)である。先行研究では、蘭雪軒の生涯と詩を結びつけたものや蘭雪軒の心情と詩を結びつけたもの、詩の世界や世界観、表現方法、表現の美しさに関するものが目立つが、本稿では、蘭雪軒の生涯と作品を概観し、彼女の死後に編まれた『蘭雪軒詩集』の刊本比較と、収録作品の考察をおこなった。また、現存する刊本の照合と伝承経緯についても部分的に明らかにした。

第一章では、許蘭雪軒の生涯を年譜にまとめ、作品を紹介した。特に、「采蓮曲」の4句1文字目が、『鶴山樵談』では「剛」であるのに対し、『芝峯類説』を参照した張正龍(2007)及びイ・ジョンオク(2009)において、前者では「或」、後者では「遥」と記されていることを指摘した。

第二章では、初刊本の発行年代に関する議論と、その他の刊本を紹介した後、四つの刊本を比較した。管見の限りでは先行研究で言及されたことのないハーバード大学燕京図書館所蔵『蘭雪軒詩集』について、「重刊」の文字が見当たらないことや、張(2007)があげる初刊本と字形が同一なことから、このハーバード本を木版本の初刊本であると考えた。併せて、初刊本以外の刊本について、ホ・ミジャ(2004)に掲載されている6冊と、筆者が入手した『影印標點 韓国文集叢刊 67』(1991)を加えた8冊を紹介した。刊本比較では、ハーバード本(1608)、『蘭雪齋文集』(1997)、文臺屋治郎兵衛本(1711)、ホ・ギョンジン本(1999)の4種を6つの点に関して比較検討を行ったが、22箇所の違いを見つけ、ほとんどが誤植であることを指摘した。

第三章では、『蘭雪軒詩集』附録の作品3篇について先行研究が少ないことに注目し、ホ・ギョンジン本の現代韓国語訳を参照しながら、筆者試訳を示し、内容を考察した。「廣寒殿白玉樓上樑文」は、偽作ではないかという議論と、これを書いた年齢に関する議論があることを紹介した。「夢遊廣桑山詩序」は、一行目の「乙酉春余丁憂(1585年の春、私は父母の死に会った)」から、蘭雪軒の父・許嘩(ホヨプ)が逝去した後に書かれたという推測を示し、姉が自分の死を予感していたようだという弟の許筠によるものと思われる割注についても触れた。「恨情一疊」では、神仙世界を描いた作品と作品の間に編者(許筠)がこの作品を収録したことに何か意図はあったのかという疑問を提起した。併せて、現行の蘭雪軒詩の日本語訳を検討した。

彼女の作品は多くの刊本に収められ、ハーバード大学の図書館にまで伝えられたが、日本では、『蘭雪軒詩集』は全訳されておらず、彼女に関する日本語の文献も数少ないのが現状である。ひとりでも多くの人が彼女の作品に一篇でも触れる機会があることを願う。

2013.2.12


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